旧白洲邸 『武相荘』buaiso
2006.05.04 Thursday
昨日、鶴川にある白洲次郎と正子が住んでいた【武相荘】を見学してきました。

先日NHKの『その時歴史は動いた』で放送していたので、白洲次郎に興味が湧いて、と言う単純な動機なんです、私は。。。
正子に関しては、本物をみる鑑識眼が素晴らしいというので、以前からは興味があったのですけれど。。。
まぁ、私の知識なんてそんなもんです(トホホ)!
【武相荘】は鶴川街道からちょっとばかり入ったところにありました。
私たちが玉川学園に住んでいた頃には、まだお元気だったみたいですねぇ。。。
昭和18年に鶴川に移り住んだ次郎は武蔵と相模の境にある地に因んで、また無愛想をかけて【武相荘】と名づけたということでした。
外見は当時の農家そのままの茅葺き屋根!
牛小屋をリビングに、蚕部屋を子供部屋に改造しながら、ゆったりと楽しんで生活していたようです。
片や17歳から外車を乗り回し、ケンブリッジ大学に9年間留学した芦屋の企業家のお坊ちゃま、片や樺山伯爵家のお嬢様ですもの、最高の贅沢を知っていたからこそ出来た生活だと思いました。。。
戦後、吉田茂に請われてGHQとの折衝にあたった次郎は、ここから通っていたのでしょうか? (もちろん、愛車ででしょうけれど?)
正子の方は、銀座に構えた染織工芸のお店へ往復4時間の道を通っていたということでしたが・・・。
周囲の新興住宅地の雰囲気とはまるで違う茅葺きの家は、孟宗竹の竹林にかこまれてひっそりと建っていました。
見学の後お庭を歩きながら、6歳まで過ごした龍野の田舎にある祖父母の家を懐かしく思い出していました。
NHK放送の影響でしょうか、見学者でいっぱいでした。
先日NHKの『その時歴史は動いた』で放送していたので、白洲次郎に興味が湧いて、と言う単純な動機なんです、私は。。。
正子に関しては、本物をみる鑑識眼が素晴らしいというので、以前からは興味があったのですけれど。。。
まぁ、私の知識なんてそんなもんです(トホホ)!
【武相荘】は鶴川街道からちょっとばかり入ったところにありました。
私たちが玉川学園に住んでいた頃には、まだお元気だったみたいですねぇ。。。
昭和18年に鶴川に移り住んだ次郎は武蔵と相模の境にある地に因んで、また無愛想をかけて【武相荘】と名づけたということでした。
外見は当時の農家そのままの茅葺き屋根!
牛小屋をリビングに、蚕部屋を子供部屋に改造しながら、ゆったりと楽しんで生活していたようです。
片や17歳から外車を乗り回し、ケンブリッジ大学に9年間留学した芦屋の企業家のお坊ちゃま、片や樺山伯爵家のお嬢様ですもの、最高の贅沢を知っていたからこそ出来た生活だと思いました。。。
戦後、吉田茂に請われてGHQとの折衝にあたった次郎は、ここから通っていたのでしょうか? (もちろん、愛車ででしょうけれど?)
正子の方は、銀座に構えた染織工芸のお店へ往復4時間の道を通っていたということでしたが・・・。
周囲の新興住宅地の雰囲気とはまるで違う茅葺きの家は、孟宗竹の竹林にかこまれてひっそりと建っていました。
見学の後お庭を歩きながら、6歳まで過ごした龍野の田舎にある祖父母の家を懐かしく思い出していました。
NHK放送の影響でしょうか、見学者でいっぱいでした。



